さしてひなびた土地じゃあない、むしろようよう拓けた市街地といえ。
ただ、閑静な土地柄なので、陽のあるうちはともかく夜更けに人の出はあまりなく。
梅雨に入ったばかりな初夏の宵、
常夜灯代わりの街灯がぽつりぽつりと灯されてはいるが、人の気配なぞ全く感じられない中通りは、
時折思い出したようにタクシーだろうか車が通るくらいで、
遠いどこかの通りで誰かが蹴飛ばした空き缶の転げる音でさえ、唐突が過ぎて良く響くほど。
そんな静謐な場所柄なのは、
此処が各界の令嬢が多く集う女学園の敷地が鎮座ましましているからということもあり。
土地の名称にさえゆかりがあるほどに歴史も古く、
同じ敷地の中には実家が遠い顔ぶれが寝起きしている寮もあるほどなため、
防犯上の警備は徹底している筈なのだが、
そんな厳重な監視をどうやって掻い潜り、どうやって乗り越えたやら。
手入れの行き届いた芝草をサクッと微かな音と共に踏みしめて、
高い塀沿いに身をかがめて移動する影が幾つか。
どの御仁も結構いい年齢のようだし、
表情も真剣そうに引き締まり、どうやら悪ふざけではないらしいものの、
どこのサバイバルゲームの進軍でしょうかと問いたくなるような、
こんな静謐な場所にはそぐわぬ行動。
一応の警戒の表れか、慎重に身をかがめ、音なしの構えで構内を進んでいた彼らの様子は、
どこから見ても不審な侵入者以外の何者でもなく。
それでも下調べはしてあったらしく、迷いもしないでとある場所まで辿り着いており。
「…此処だな。」
「はい。」
怪しさ極まりない彼らが目指していたのは、
女学院の学舎や何や色々と棟がある中の、
ずんと奥向きに佇んでいた、古びてはいるがなかなか荘厳な作りの倉庫の一群。
日頃の生活で使うような雑道具が収められてあるようなそれではなく、
はたまた備品用の貯蔵庫でもなく。
やはり古式ゆかしい造りの南京錠が下がっている扉を慎重にいじっていたのも数刻。
ぱさんという乾いた音とともに錠前が落ちて、威容の漂う扉がゆっくりと開く。
古めかしくとも手入れは行き届いているものか、
耳障りな軋みもなく開いた其処へと忍び入った面々、
当然ながら照明も付けないままでごそごそしていたが、
ややもすると手に手に大小さまざまな包みや箱などを抱えて出て来た。
中にはわざわざ持って来たものか、組み立て式の台車に載せた重たげなものまであって。
こんな時間帯にこそこそと忍び入っての所業といい、
立ち会いもなく何かしら持ち出そうとする不審さ満タンな態度といい、
これはもうもうどう見ても、計画的な不法侵入と窃盗行為に違いなく。
「なかなかの上首尾だったな。」
「へい。」
「世間ずれしていて、どれほど価値があるのか知らねぇんじゃあないっすか?」
でもなけりゃあ、こんな無防備な管理しているなんておかしいと。
盗人猛々しいというか図々しいにもほどがあるというか、
怪しい行動をした本人たちだというに 警備の手薄さへざまあないと嘲笑う始末。
警備までは調べが付いていなかったか、難しいかもと思われた現物確保が済んだ気のゆるみ、
帰りは幾分か警戒も緩めてすたすたと戻ることとなった輩ども。
先導担当か、其奴は手ぶらだった一人が、
乾いたテラコッタの石畳に落ちた外灯の落とす丸い光の環へうっかりと踏み込んだその瞬間、
―― ひゅんっ、と
どこからともなく、風を切るよな音がして。
それへと気づいた顔触れがハッとしたが、
「わっ。」
何かが向かってくるなぞ完全に想定外だったのか。
ほぼ不意を突かれた格好になった面々の内、
先頭にいた男に何かが当たり、
そのまま ぱぁんっと乾いた音を立てて炸裂したものだから。
さすがに かなり驚いたか、
ひゃあっと声を上げつつ、飛びのくようにして後ずさる彼だったのへ。
「な…っ。」
「うわわっ!」
続いていた残りの面子もまた、
破砕音にも驚いたし、問答無用でいきなり押し戻されたことで、
どんな襲撃があったのかと、やや浮足立ってしまったものの。
「騒ぐなっ!」
さすがに肝の座った御仁もいたようで、
ささッと周囲を見回しつつ、仲間に向けての恫喝一閃。
「しゃんとしねぇかっ、ごら。」
「す、すまねぇ、兄貴。」
周囲へと油断のない目を配りつつ、
泡を食った身内へも鋭い声で叱咤を飛ばした落ち着きっぷりは、
“大したもんだねぇ。”
まあ、連中にすれば気を抜けない大仕事だし、
そういう上長役が配されていても当然ではあろうよねぇ、と。
射出装置の操作に当たっての安全装置のようなもの、
目許の保護にと掛けていたゴーグルをひょいと前髪の上まで持ち上げて、
感慨深そうに何度か頷く存在がある。
さすがに物騒な銃器は持ち出せなんだため、
女子高生の小さな肩ででも砲台になれたレベル、
花火程度の火薬にて発射された特殊な“風船弾”が、
首尾よく炸裂したのを見届けた、深色髪ののっぽな女性の左右から現れたのが、
さくとも足音を立てないまま、されど安定した足取りにて、
乾いた芝生の上、余裕の態度で踏み出した人影が二つ三つ…。
一方、腰を落としての、油断なく身構えたまま、
周囲を見回していた、不審な侵入者らのリーダー格。
「……。」
今の物音にも 周囲のどこかから誰ぞが出てくる気配がないことへは
胸を安堵で撫でおろしたようだったが。
ならならで、
“…どういうつもりの?”
一応、この敷地内の防犯の概要は浚ってあった。
同じ敷地にある学生寮の方に大人たちは集中しており、
こちらの学舎側は夜間は無人。
それでも騒ぎなんぞが起きれば何だ何だと駆けつける者も居ようから、
当然の用心として足音も立てなんだし、
周囲をまんべんなく塗り潰す月の光に吸い込まれてか、
此処にはただただ静謐のみが垂れ込めていたというに。
まさしく不意打ち、自分たちへと襲い掛かった意味不明な炸裂音。
間違いなく自分たちを目がけての攻撃だったというのは察したのだろう、
「…誰だっ!」
我らに目を付けているのは判っているとでも言いたいか、
やや鋭いお声で 炸裂弾が飛んできた方向へ誰何するよな言いようを投げてくる。
動きやすいようにか、それとも夜陰に紛れるようにか、
グレーの作業服という、至って地味な恰好をした面々だったが、
よくよく見れば 少々似合ってない気がすると感じられ。
そうまで微妙に空気の違う、
重厚な存在感さえ帯びている兄貴格の男が醸す緊張感へ、
「…っ。」
「…!」
残りの面々も素早く恐慌状態を引っ込めると、
荷を足元に置き、サッと体勢を切り替えたあたり。
素っ頓狂に驚きはしたが、
それでもこの仕事へ割り振られただけはある顔触れだったということか。
“何をぶつけて来やがった。いやさ、”
どこの誰が、俺らの行動に気づいてやがったと、
自身への気合いも兼ねての恫喝をしてやりたいほどの、
芯の太そうな憤怒を抱えているのだろうに。
そして、獅子の咆哮もかくやというほど、
迫力のある怒声を放てもするだろう、喉も腹筋も強そうなお人だろに。
あくまでも焦るよりも現状への対処だと、
そりゃあ冷静なところがいかにも玄人でおっかない。
そしてそんな彼の忠実な兵隊であるのだろう、同座していた面々が、
自然と背中を向けあっての円になり、
どこから誰が突っ込んで来ても対処出来るようにと構えたとほぼ同時、
―― さく、と
本当に本当に微かな音、
それを拾えたのは、集中していたのと、
連綿と続く細波の音への慣れがあったからだろうと思えたほどに。
周囲に見えている木立の梢の揺れた音より小さかっただろうそれを、
瞬時に拾ってそちらへ視線を投げた、眼ぢからの強い兄貴分だったが、
「わぁっ!」
そんな彼の手前にいた、リーゼントの若いのが、
何にか弾かれでもしたものか、右腕を勢いよく跳ね上げており。
それへと一斉に視線を向けた他の顔触れの中、
最も逆側に立ち、海の方を向いていた若いのが、
「ぎゃっ!」
使い勝手の良い得物なのかベルト通しに下げていたチェーンを
じゃらじゃらうるさく鳴らしもって、どうっとそのまま前の石畳へ倒れ込む。
何かが自分たちの周囲を駆け抜けた気配はあったが、
何分にも照明なぞ皆無な暗がりの中だけに、
相手の姿なぞ見て取れはしなかったし、
駆け抜けただけでなく、
大の男が利き腕を取られたり引っ繰り返るほどの何かしら、
結構な攻勢を一気に仕掛けられたなんて、
“どんだけの猛者だってんだ。”
頭はよくない、反射も今イチだが、
それでも、場数も踏んでいるし、荒ごとには慣れのある面子だ。
すぐそばにいる仲間が腕をねじられたなら、
何しやがるかと隣りの者が気づいて取り押さえているもの。
そういう連携が素早く取れて当然な面々のはずが、
今は完全に翻弄されており。
「何を焦ってやがるんだっ!」
「すんませんっ!」
こうなっては誰ぞの目に留まるかもなんて言ってはいられぬ。
数人いた仲間内の中でも若い目の顔ぶれを肩越しに振り返ると、
「サダ、マサ、お前らで荷物を車へ運べ。」
「へいっ!」
抱えていた荷を台車に積み上げ、とっとと行けと数人ほどを追いやって。
後は残って、此処にいるらしい何者かを畳むぞと、
言うまでもなくの身構えと集中に入った男らの中。
頭目格らしき吊り目の兄さんが、
作業ズボンらしきパンツのポケットから取り出したのが、
やや太めのペンのような携帯型の懐中電灯。
LEDの根元をひねれば光る円の大きさも変えられるようで、
それで前方を照らしつつ速足で奥へと気配を追ってゆく。
とっとと逃げるという手もあったが、
何かしらの証拠を掴まれて後腐れがあってはならぬとの慎重さで構えた追跡らしく、
「そこにいんのは誰だっ!」
光の中、少しだけ広がった視野の先に、彼らのほうを向いた人影が確かにいる。
「野郎〜〜〜。」
「何処の関係者だ、ごら。」
「オレらが何者かを知っての邪魔だてか!」
気の短いのが、懐ろから匕首…ならぬ飛び出しナイフを掴み出し、
驚かされた腹いせもあってか勢いよく飛び出したものの。
いいストライドで駆け寄ってゆき、
大上段から一気に振り下ろされた切っ先は、だが、
彼より小柄な相手を切り裂いた…ように見えたのだが、
「わわっ?!」
切りつけた当人が妙な声を上げ、たたらを踏んでの失速して倒れ込む。
「シゲ?」
「何やってんだ。」
「…あ、こっちにも居やす!」
少し斜めの別角度、同じほどの距離を取った先に、
やはり誰かが立っているような。
そちらはそれは素早い身ごなしで、ふっと夜陰の中へ姿を没す。
いかにもな態度を見せるところが、明らかにこちらへ敵意がある存在に違いなく。
「何もんだ、てめぇっ!」
「やっぱりそうだったんですね。」
幾つ目かの影が消え去った後、
焦れて がなった声へとかぶさるような、返事の声は意外にも女だ。
「何でこんな場所へ手古摺っているのかと思ったのですが、
無理難題付けて乗り込むとか、荒っぽく押し込むとかいう力技な手筈を構えたとして、
騒ぎからいろいろと調べられて真意へ感づかれちゃあ困りますものね。」
いやに落ち着いた女の声は、微妙に艶めいてもいてうっかり聞き入りたくなったほどだが、
「誰にも知られていないからこその値打ちですものね。
有名になってしまっては、
しかも盗品だと知られてしまっては、買い手も迷惑するでしょう。」
「…っ、ごちゃごちゃと何を言ってやがるかよっ!」
微妙に痛いところでも衝かれたからか、
別口の男が…こっちは何を思ったか、銃を取り出したものだから。
それへはさすがに、吊り目がハッとし、やめろと手を伸ばしたものの。
一拍 間に合わずで…銃声がパンッと、
嘘みたいに軽やかに、乾いた音を短く立てた。
口径が小さかったのか、とはいえ、当たれば怪我は免れられぬ。
腕の悪いのには支給してない飛び道具で、
とはいえ、判断力には相応(そぐ)ってなかったらしいこと、
こんな形で知らされようとはと、吊り目のリーダーが舌打ちしたものの、
「……………え?」
確かにいた人影が、だが、少しも動じず立ったまま。
もしかして くすりと笑ったか、そんな気配までこちらに届いたものだから、
「な、なんなんだよ、おい。」
「弾が外れただけじゃねぇのか?」
「馬鹿なこと言ってんな。こんな至近で外すかよ。」
賊らにとって不気味な現象へ、落ち着きのない声を立てる仲間らへ、
慌ててんじゃねぇと どやしかけたその間合いに重なって、
「うわっ!」
先に退かせた二人が向かった方から、遠いながらも彼らの声がしたものだから。
それだけは捨て置けぬと思うたか、
頭目格の兄さん、電灯を掲げたままで踵を返し、そのまま駆け出そうとしたものの。
「ナイフは振り回すわ、拳銃は撃つわ、
間違いなく銃刀法違反ですよね、これ。」
そんな鼻先へ叩きつけるような、いかにも挑発的な声がした。
やはり、若い、しかも女性の声であり、
さっき浮かんだシルエットも、
そんな年頃の女性のそれに見えたようなと思い出しておれば。
「な…。」
先程 彼らが人影を見た位置に、
音もなく闇を切り裂くように、はたまた霞が勢い良く晴れるように、
今度はくっきりとした色白なお嬢さんの姿が現れる。
シックなデザインだが、この女学園の制服姿で、
ただ、風貌は高校生にしてはずんと大人びており。
均整の取れた四肢はしなやかに長く、肩の丸みも胸元の豊かさも蠱惑的だが、
そのくせ腰は悩ましくも儚い細さと来て、銀幕女優かモデルもかくやという整いよう。
深色の髪を背中まで伸ばしたやや長身な美貌の君は、
彼らは知らぬが実は昼間の学園では“白百合様”などと呼ばれておいでの上級生で。
ぼんやりと仄かな明かりが照らす中、いやに余裕な表情でいる彼女なのへ、
「この小娘がっ。」
どれほど偉そうでも威容をたたえていても、たかが世間も狭い小娘と侮ったか。
だというに、そんな存在の繰り出したよく判らない手管に手玉に取られたのが腹立たしいか。
そんな小細工があったという肝心なところをすっぽりと忘れ去り、
掴みかかろうとした若いのが、
「ぎゃあっ」
腹に何かを叩きつけられ、駆けだしたその場で地へと叩き伏せられる。
正確には何か素早く巻き付いたものがあり、
足元が浮くほど抱えられた格好で拘束され、そのまま真下へ叩きつけられたのであり。
「この御方に触れられると思うな。」
日頃はか細い声だのに、今は腹に力のこもった恫喝もどき。
ドスの利いた声での脅しを掛けたは、お姉さまの後背に立つもう一人の少女。
やはり制服姿だが、その上へと羽織った濃紺のコーディガンの裾が妙に伸びていて、
命あるもののようにゆらゆらたなびいて浮き上がっている。
ずっとずっと、この姉様が怪しい輩に声をかけている間、
替え玉よろしくあちこちに等身大の影となって浮かんでいたのも、
その身を繭玉のように覆って攻撃を仕掛けられぬよに守っていたのも、
この漆黒の異能であり。
「漆黒の異能…まさか手前らはポートマフィアの?」
その裾がひゅんッと風を切って飛び出し、先程の先鋒を叩きのめしたの、
目撃してしまった残りの男どもがからくりのすべてを理解したと同時。
これは歯が立つはずもないとばかり、
現状への理解が及んでへなへなと座り込む同じころ、
塀の向こうに留めていたボックスカーへと戻りかけていた一行は一行で、
やはり制服姿の女生徒に行く手を塞ぐように立ちはだかられており。
「うわっ!」
「何だ、手前はよ。」
こんな夜更けに、しかも怪しんでわらわら出てきたわけでもない、
驚かすのが目的だと言わんばかりの待ち伏せもどき。
いきなり姿を現した存在にはさすがにギョッとしたものか、
飛び退るように驚いて見せたのも、ある意味、無理はないのかも。
うわぁと驚いた男衆とは真逆、
そちらはただただ落ち着いた風情で、塀間近にあった植え込みの傍らに佇んでおり。
小柄で痩躯、だがだが肢体はなかなかの豊かさで整っておいでの女子高生。
胸高に腕を組んだ姿勢といい、きりりと冴えた表情といい、
初見の怪しい男衆を前に怯まぬところといい、
結構な家柄の意気軒高なお嬢なのかもしれないが、
悪党退治のつもりなら、とんな冒険ごっこだなと
何とか落ち着きを取り戻すと、腹の底から嘲笑う賊たちで。
「綺麗なお顔に怪我をしたくはないだろう。とっとと失せなよお嬢さん。」
脅しも兼ねて いかにも乱暴にがなったところが、
「怪しいのは手前らの方だろうがよ、偉そうに命じられる立場か?」
怯むどころか彼女の側もまた鼻先で嘲笑うと、
いやに伝法な言いようで返されてしまってギョッとする。
真昼のような明るさではない場所だが、
それでも常夜灯が照らす中、浮き出された姿はすいぶんと端正なそれで。
此処に集う少女らが好みそうな陶貌人形を思わせる、白いすべらかな頬に青い双眸、
つややかな赤毛は品よく整えられていて、気の強そうな風貌にはようようお似合い。
「こ、このガキがっ。」
先に逃げてブツを確保しておけと言われた以上、
この程度の妨害に臆している場合じゃあないと思い直したか。
何となったら怪我人を出すよな荒事も厭わぬような筋のものらしく、
一人が上着の懐へと手を入れ、掴み出した自動拳銃を、
引き抜くと同時という早技で腕を伸ばしつつ何発か続けざまに撃ち放つ。
乾いた銃声が鳴り響き、彼女を目がけた銃弾が飛んだが、
涼やかな金属音がしてぼたぼたと地に落ちる音も同時にし。
「え…?」
何か影が飛んだそれを視線で追えば、
白い髪が夜陰に浮かぶ、こちらも女学生らしい少女が
先の少女の前で勇ましくも片膝突いて盾のように身構えている。
その手を胸の前でゆっくりと開けば、幾つかの銃弾が零れ落ちたし、
そんな彼女の前にも刻まれた弾丸らしいものが見え。
「な…。」
「き、切り刻んだってのか?」
どうやら護衛で、しかも異能を持つ少女らしかったものの、
ということは、
「まさか、ポートマフィアか?」
こちらでもそういう察しはついたらしいが、
ただ、向こうの面々と違って諦め悪くも再び銃を構えた彼らであり。
あらためてじゃきりと構えられた銃口へは、
「アタシのかわいい敦に何を向けてんだ、ごら。」
最初から居た方の小柄な令嬢が、先程以上の迫力ある表情になり、
鋭角な目許をますますと尖らせると銃口へ手を延べる。その途端、
「え?」
「な、何だ何だ。」
持ちなれた得物だったはずの銃がそれぞれの手元で不意に重量を増し、
グリップを握った手ごと、ぐんっと地べたへ向かって急降下。
引き金を引くどころじゃあない、
突然漬物石になったようなそれへ手を縫い付けられたようなもの。
わっと前のめりにつんのめり、ドタバタ突っ伏す彼らを横合いから照らし出したのが、
かかっ、と
塀側から灯された強い光が幾条か、
彼ら不審な男らを一斉に照らしての夜陰の中に浮かび上がらせる。
それが何かしらの攻勢ででもあったかのように、
腕を差し渡して眩しさから眸を庇ったは、銃もないまま丸腰だった面々だが、
ここに先程の場へと居残った
先頭を切り掛けていた頭目の兄さんがいたならば、
様々に修羅場を抜けて深みを刻んだのだろ、
精悍なお顔をしかめて完全に後れを取ったと観念したに違いなく。
投光機が据えられた車両もあるが、それ以上に脅威的だったのが、
塀の切れ目に渡された鉄柵から覗いているのが
パトカーでこそなかったが、回転灯をルーフに載せた、警察関係の車両だったから。
当然、そちらの面々の居るところへも警官らが向かっており、
「ヤス、現行犯だ、言い逃れは出来んぞ。」
ナイフや銃を持ち出したこと以上の罪科に加え、
塀際で先に取り押さえられていた顔ぶれの、
抱えていた荷やバッグが取り上げられており。
こちらの女学院所蔵の卒業作品たちだったという“中身”を確認されていたこと、
言われるまでもなく悟った上で、
大きな吐息を落とした、花笠組 若頭、ガンリキのヤス兄だったそうな。
to be continued.(21.05.20.〜)
NEXT →
*お隣のお嬢さん篇でした。
サブタイトル後出しですいません。
出オチになりそうな気がしたのですが、
この設定ではどう書いてもすぐさま“はは〜ん?”って察しついちゃいますよね。
奇をてらうのがへたくそです。

|